自由に動ける稽古

本格的に暑くなってきました。武道館はあまり空調が効きません。安い使用料で使わせてもらっているので文句は言えませんが、汗っかきにはつらい季節です。

 

居合は斬撃、大森流、英信流表は岩波までと太刀打を。

剣術では試合口、陽之表、長刀、棒合、小太刀。

柔術は半棒を少し復習をしたあと、履形を稽古しようと思ったのですが、半棒がまったく一からの稽古になってしまって、履形にたどり着けませんでした。

大阪講習会でしっかり稽古をしたのですけど。。。

 

常に多くの形や手数を学んでいるので、覚えていなくても仕方がない。。。のかもしれません。

実際に体を動かす稽古はなかなかできませんから、なおさらですね。

でも、ビデオをとらせて頂いたり、メモをとったりしているので、イメージトレーニングはできます。私自身はメモを見ながら頭の中で動きをイメージしています。

そうすると体は動かせないのですが、どうにか形や手数を覚えることが出来ます。

でもたまに手の動きが伴っていることがあって、ハッと気づく時もあります。

駅でオジサンがゴルフのスイングをしている気持がよく分かります。

むしろゴルフのスイングのほうがいいですね。手をひらひらさせているオジサンよりは何をしているのか分かってもらえます(柔術の手の動きを考えているだけです)。

 

仕事や日々の生活があるので、ずっと武道のことばかり考えている訳にはいかず、イメージトレーニングをする時間の確保も難しいですが、出来る範囲でトライをしてほしいと思います。

でも、形や手数は手順を覚えるのが目的ではありません。

そこを間違えないようにしたいですね。

たとえば小太刀。

左に躱して右手首を切りますが、最初から左へ躱そうとしていると、相手に簡単に見透かされます。そうではなくて、右でも左でも、相手に応じて、自由に変化できなければなりません。2本目だから左へ躱すのではなく、右にも躱せるように、あるいはほかの動きも自由にできるようにしていることが大切です。2本目だから左へ躱すのは、手順を学んでいるだけで変化に対応した動きではありません。

どのようにも動ける心と体を練らなければならないのです。

それは剣術だけの話ではなく、居合も柔術も同じです。

形や手数を学んでいますが、実際は千変万化。

状況に応じて自由に動けなければなりません。

少なくとも、簡単に相手に次の動きを見透かされてはいけないのです。