打太刀

大阪はコロナ感染が急速に増えている関係で、武道館はロッカーやシャワーが使えなくなり、稽古中もマスク着用が義務付けられました。

武道館の事務の方たちが、時間帯ごとにロッカー室の消毒してくれていましたが、そもそも使えなくしてしまおうという作戦になったようです。

ただ、着替えるためには非常に不便で、脱いだものを更衣室内のベンチに置くことになります。でもベンチはそれほど大きくないので、二人分も置けばいっぱい。三人目は必然的に床に置くことになります。さすがに直置きはしませんが、これってロッカーを使うよりも衛生的なのか?と疑問に感じてしまいますね。

ともあれ。

 

稽古は例によって参加している人がそれぞれ学んでいるレベルなり、形なりが違うので、自ずとバラバラになってしまいます。一人稽古をみんなでやっている具合ですね。

稽古をする仲間がいる恩恵は、やはり俗にいう組太刀(二人で攻防する形)にあります。

一人で稽古するより、相手をお願いして稽古する方が間合や理合がよく分かります。

素抜き抜刀術では想定の中で動きますが、相手がいない分、自分勝手な動きになりがち。

でも、組太刀の形は相手がいるのでぼうっとしていると、打たれてしまいます。

 

私は打太刀を務めることが多いですが、打太刀を遣うことによって、仕太刀の刀法がより分かるようになりました。

例えば大石神影流の阳剣では、打太刀の起こりを仕太刀は打たねばなりません。

相手の動きを見てから動いてはいけないのです。

それを仕太刀は相手に合わせようとして、打ち込みをしてしまうと本来の理合とはまったく違う形になってしまいます。仕太刀は上段で攻めているのですから、打太刀の動きではなく、心の起こりを打たねばなりません。

要するに、打太刀をしている私がびっくりするくらいの打ちでなければならないのです。

師匠に阳剣の仕太刀をしてもらった時がまさにそうでした。

心の起こりを打たれたので、びっくりしました。こちらが必死に合わせに行きました。

仕太刀がそういう打ちが出来ているか?を常に問うて稽古しなければなりません。

そういう意識で打太刀を務めると、身体を使った稽古はしていないのに、仕太刀のレベルが上がっていくように思います。

 

打太刀も仕太刀も稽古で学ぶことはたくさんあります。