自分を知る

私も自分の抜き付けの手指の働きに四苦八苦しています。

師匠に指導されても、その指導内容が分からない。

これは今に始まったことではなくて、時期が来ないと分からないことが多いですね。

でも分かろうと努力することが大切と思います。そのうち、ふと気づくことがあります。

「気づけ!」という命令形や「気づこう!」という意志はありえません。

どういう訳か、ふと気づくのです。

気づくのを待たないといけないのですが、待つ体制を整える必要があるのです。

感覚をできるだけ鋭敏にして、そのためには力を抜くしかありません。

どこまで力を抜き、どこまで感覚を研ぎ澄ますことができるのか。

その努力が必要です。

 

自分の意志で出来ることは限られています。

でも体は賢いようです。自分の意志で動けなくても体が勝手に動くことがあるのです。

その時が来るまでひたすら稽古する。

それが自分を知ることだと考えています。

指導されたことは、素直に聞いて、自分の体に尋ねてみてください。

体の返事を聞くためには、耳を澄まさねばなりません。

耳を澄ますには、力を抜いて、楽に待っているしかないのです。

私にはそれが楽しくて仕方がありません。